東京高等裁判所 平成11年(行ケ)327号 判決 2000年9月20日
原告
サン機工株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が平成9年審判第3186号事件について平成11年8月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成6年8月19日、名称を「貯玉払出し機能付台間玉貸機」とする発明につき特許出願をした(特願平6-218142号)が、平成9年1月20日に拒絶査定を受けたので、同年2月28日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成9年審判第3186号として審理した上、平成11年8月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年9月4日原告に送達された。
2 本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨紙幣等を挿入し、所定数のパチンコ玉(メタルを含む)を貸出す台間玉貸機(メタル貸機を含む)において、顧客カードリーダ装置と、予め登録してある顧客カードを挿入すると操作ができる暗証番号入力キー、再プレーキー及び訂正キーと、貯玉数等の情報表示部とをもって構成し、前記各構成装置と接続する遊技場に設置する管理用コンピューターから通信手段により顧客の貯玉情報及び暗証番号等を得て、台間玉貸機から再プレー用の貯玉の払出しを得るようにしたことを特徴とする貯玉払出し機能付台間玉貸機。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平5-115607号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定は認める。
審決は、相違点(1)、(2)のそれぞれに係る判断を誤った(取消事由1、2)結果、本願発明が、引用例発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)
審決は、相違点(1)(訂正キーの有無)につき、「訂正キーを備えることは、当業者が格別創意工夫を要することではないというべきである。又、前者(注・本願発明)が訂正キーを備えることによって、訂正キー自体が持つ効果以上の格別な効果が前者によって発揮されるものとも認められない。」(審決書12頁17行~13頁2行)と判断したが、本願発明の訂正キーの持つすぐれた利点を看過した誤りがある。
すなわち、パチンコ遊技において、射倖心をあおられた状態で遊技台の前に座した遊技者らが、一刻も早く遊技をしたいという願望のもとに、顧客カードを挿入口に入れた後、暗証番号入力キーを押下する手順を開始することになるが、その際遊技者らの焦りによって、往々にして暗証番号を誤って押下したとき、本願発明であれば、目前に位置する訂正キーを介し、再度暗証番号を押し直し、スムーズにプレーすることができる。仮に、引用例発明のように訂正キーがない場合、暗証番号の入力時に間違った番号をキー入力すると、挿入した顧客カードが挿入口より飛出するため、一旦これを抜き取って改めて挿入した上、再度暗証番号入力キーを押し直してからプレーを開始することになって、わずかな時間でも遊技者らの射倖心が一挙にそがれるマイナス面があるといわざるを得ない。
2 取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)
審決は、相違点(2)(情報表示部の位置の相違)に関し、「パチンコ台に備わっている情報表示部を、台間玉貸機に移し替えることは、当業者が格別創意工夫を要することではないというべきである。又、パチンコ台に備わっている情報表示部を、台間玉貸機に移し替えることによって、格別の効果が発揮されるものとも認められない。」(審決書13頁7行~12行)と判断したが、誤りである。
すなわち、本願発明の情報表示部は、貯玉数等の情報を表示する機能を有するものであって、遊技者が再プレーキーを押下することにより、表示された貯玉数のうち予め定められている玉数を遊技者の自由意思に基づき払い出し、再プレーをさせるのが特徴である。これに対し、引用例発明の表示部22は、単に貯玉数を表示するだけでなく、遊技者がパチンコ台に玉を打ち込むことによって賞球として排出せしめた出玉のクレジット数をも合算して表示する機能と、貯玉と出玉との合算数字が限度数になると、予備皿へ放出せしめる機能と、クレジットデータを遊技交換物供給装置に転送する機構を有しているものであり、遊技者が一切操作ができないものである。
したがって、引用例発明の表示部22は、パチンコ台に備えつけておくことによって、遊技者にとって遊技中に常時見ながら遊技ができるメリットがあり、それを側方の台間玉貸機に備えつけた場合、遊技者はその都度側方に目を移動して見なければならないことになる。他方、本願発明において、情報表示部を台間玉貸機に備えつけたのは、賞球加算機構がなく、貯玉数等の情報だけを表示し、この貯玉数に応じて払出しを行うようにしたため、遊技者が賞球がどの程度加算されているか否かを一々見ながらプレーをする必要がなく、また、台間玉貸機に備えつけておく方が遊技者にとって目の前にあるよりも煩わしくない上、台間玉貸機を出来るだけ簡単な機構(情報の転送機構を不要とする。)にして、製作費の節減を図ることができるという利点がある。したがって、本願発明において情報表示部を台間玉貸機に設けたことにより格別の効果が生じているというべきである。
なお、被告が提出した乙第2号証(特開平4-263885号公報)の表示器75は、遊技者が金銭と交換した特殊な「玉貸カード」の残高を確認するときに使用する機構であり、玉貸カードは貯玉をしたり再プレーをすることは不可能である。したがって、乙第2号証の表示器75は、本願発明の「貯玉数等の情報表示部」とは、発明の創作の目的が異なるとともに、作用効果も著しく相違するものである。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)について
訂正キーを備えることがキー入力手段において慣用手段にすぎないことは、銀行の現金自動預入れ支払い機(ATM)において見られるように明らかであるが、パチンコ等の遊技場管理設備装置においても特開平2-4397号公報(乙第1号証)に見られるように、慣用手段となっているものである。そして、原告主張の訂正キーの利点は、審決でいうところの「訂正キー自体が持つ効果」(審決書12頁20行~13頁1行)にほかならないのであって、慣用手段であることに基づいて引用例発明に訂正キーを設けたものが、「訂正キー自体が持つ効果」を発揮できることはいうまでもないが、この「訂正キー自体が持つ効果」以上の格別な効果は認められない。したがって、訂正キーを備えることは当業者が格別創意工夫を要することではないとの審決の判断には誤りがない。
2 取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)について
原告は、引用例発明の表示部は、限度数を超える貯玉及び出玉を予備皿へ放出させる機能、クレジットデータを遊技交換物供給装置に転送する機構を有していると主張するが、引用例にはそのような記載はない。
次に、原告は、本願発明は貯玉を遊技者の自由意思で払い出すのに対し、引用例発明の表示部は遊技者が一切操作できないものであると主張するが、引用例には「〔S3〕ホールコンピュータ2から遊技者のクレジット数データCを一度に読み込む。〔S4〕選択パネル35上の選択ボタン35a~35cの何れかが押されたか否かを判断し、・・・〔S7〕選択パネル35で選択された金額に応じた貸し玉をパチンコ台20に供給するとともに、その貸し玉数に相当するクレジット数をクレジット数データCから減算する。」(7欄19行~33行)と記載されていることから、遊技者が選択ボタンを押下することによって1回当りに予め選択パネル35で選択された金額に応じた玉を借りることができるものであり、引用例発明の表示部も、遊技者が自由意思に基づき払出して再プレーするものであり、本願発明の情報表示部と同じ機能を有するものである。
また、原告は、情報表示部を台間玉貸機に備えつけておく利点を主張するが、審決が認定したように「情報表示部を、台間玉貸機に備えるか、パチンコ台に備えるかは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る単なる設計事項にすぎない」(審決書13頁4~6行)ことは明らかであり、かつ、その主張に係る利点が格別な効果であるともいえない。乙第2号証の4頁6欄41行~5頁7欄2行及び図3には、カード情報を表示する表示器を、玉貸カード処理機7又はパチンコ遊技機3のどちらに設けてもよいという技術思想が開示されており、前記審決の認定が正当であることを示すものである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)について
本願発明の貯玉払出し機能付台間玉貸機により貯玉の払出しを受けようとする顧客は、顧客カードを挿入したうえ、「台間玉貸機の表面部に設置されている暗証番号入力キーにより、顧客が予め登録してある暗証番号4桁を入力する」(甲第3号証段落【0018】)ものとされているところ、このような番号入力操作を行う装置において、0~9の数字キーからなる入力キー(テンキー)とともにキー入力ミスを訂正するための訂正キーを備えることは、例えば、銀行等のCD・ATMにおいて慣用されているように周知の技術であって、しかも、訂正キーはキー入力ミスを訂正するためのものであるから、キー入力手段一般に汎用されるものということができる。そうすると、「訂正キーを備えることは、キー入力手段において慣用手段にすぎないものと認められるから、キー入力手段を備える後者(注、引用例発明)において、訂正キーを備えることは、当業者が格別創意工夫を要することではない」(審決書12頁15~19行)との審決の判断に誤りはないというべきである。
また、原告は、訂正キーを設けることによる作用効果についても主張するが、その主張は、帰するところ、入力ミスがあった場合の再操作の便宜をいうにすぎず、そのような利点は訂正キーを備えるという周知慣用の技術が当然に有するものであって、本願発明に特有の顕著な作用効果であるとはおよそいい得ないものである。
よって、取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)について
原告は、まず、本願発明の情報表示部は遊技者の自由意思による払出しを行う操作が可能であるのに対し、引用例発明の表示部は遊技者が一切操作ができないと主張するが、引用例の「選択パネル35で選択された金額に応じた貸し玉をパチンコ台20に供給するとともに、その貸し玉数に相当するクレジット数をクレジット数データCから減算する。」(甲第4号証7欄30行~33行)との記載から明らかなように、引用例発明においても選択パネル35で選択することにより、表示部22に表示されるクレジット数を操作することができるものと認められるから、原告の主張する上記の相違は認めることができない。
次に、賞球加算機能の有無に係る原告の主張について検討するに、確かに、引用例発明の表示部のように賞球加算機能が付与されている場合には、遊技中に見やすい位置であるパチンコ台に表示部を備えることに一定の合理性があることは否定できない。しかし、本願発明の情報表示部には賞球加算機能がないという原告の上記主張の前提自体、所与のものとすべきではない(賞球加算機能がないことは本願発明の要旨が規定するところではなく、本願発明は、同機能の付加を何ら妨げない。)上、賞球加算機能の有無が必然的に表示部の位置(台間玉貸機かパチンコ台か)を決定づけるような決定的な要素であるとは認められない。現に、乙第1号証(特開平2-4397号公報)には、「56は遊技用持点表示器であり、遊技の過程で刻々変化する遊技者の遊技用持点を表示し遊技者に知らせるためのものである。この遊技用持点表示器56の設置場所は、遊技盤43に限らず、前面枠21あるいは幕板等の遊技機近傍の遊技機外部であってもよい。」(5頁左下欄8~13行)との記載があるところ、ここでいう遊技用持点表示器56は賞球加算機能を有するものと認めることができ、かつ、そのような機能を有する表示器であっても遊技機外部に設置することができるとされているところである。以上のとおり、賞球加算機能の有無に係る原告の上記主張は、情報表示部を台間玉貸機に備えるか、パチンコ台に備えるかが適宜選択し得る設計事項であることを否定する根拠となるものではない。
なお、原告は、賞球加算機能のほかにも、予備皿に放出させる機能、クレジットデータを遊技交換物供給装置に転送する機構についても主張するが、これらの機能ないし機構は、表示部と直接関係するものではなく、表示部を台間玉貸機とパチンコ台とのいずれに備えるかという点に何ら影響を及ぼすものではなく、取消事由2に係る主張としてはそれ自体失当である。
さらに、原告は、本願発明において情報表示部を台間玉貸機に設けたことにより、目の前(パチンコ台部)にあるより煩わしくない点、機構の簡素化を図り得る点を格別な効果として挙げるが、この程度の作用効果は、当業者が容易に予測できる範囲内の作用効果にすぎないというべきであって、格別な作用効果とは到底認められない。
よって、取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)